2008年に発覚した大分県教員採用試験の不正についての責任の取らせ方について争われた住民訴訟で最高裁判所の判決が出ていた。
判決文を読み返しても,あまりにもすさまじい腐敗ぶりに愕然とする。
当時「問題文の持ち帰りを認めると,試験対策に特化した勉強する者が続出して,全人格的な成長を妨げる」なんて,偉そうなことを言っていたが,何のことはない。点数改ざんなどの不正をしやすくしただけのことだった。
「親子三代の教育一家」なんてのは,こういう腐敗構造の上に成り立っている。
今私は,小規模ながら会社を経営しているので,毎年の人事採用も行っている。
私のところの人事は簡単だ。筆記試験の一発勝負。点数が高い順に採用している。面接は一応しているが,社会人としての最低限のマナーがあるかだけを見ていて,面接の結果で加点することはしていない。
これが最も合理的な採用方法だと思うし,採用担当者の余計な仕事を減らすこともできる。不採用者も,筆記試験の結果が悪かったというのであれば,納得もできるというものだろう。
ひんな採用をしていれば腐敗など起こりようもない。