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古いビデオテープ

うちのビデオデッキが去年末に壊れてしまった。旦那との持久戦に勝って,新ビデオデッキは旦那が買ってきた。



 そこで,旦那の持っていた80年代に撮ったビデオテープを一緒に見た。録画したドラマなどの間に入っているCMがおもしろい。

 ドラマの本編を飛ばして,CMばかりを2人でまじまじと見てしまった。



 「ちゅうこくファンドは,山一證券」 懐かしすぎる。



 「黄色と黒は勇気のしるし」 バブル全盛期で驕り高ぶった日本の姿を象徴するあのCM,久々に見て爆笑した。懐かしかった。リゲインのCM,今はどんなのだろうか?全然記憶がない。



 キリンラガービールのCMは,随分若い小泉今日子がやっていた。

 キリンラガービールのCM,ハリソンフォードがやっていた時代は覚えているが,小泉今日子がやっていたとは。

 全然覚えていない。



 中学生の後藤久美子が登場して,「新しい鉄道まであと○日」と宣伝するJR東日本



 「距離に負けるな」シリーズのJR東海・・・シンデレラエクスプレスはその数年後のはずだ。



 富田靖子の「どっきん四国」というJR四国のCM,そんなのが流れていたんだなー。そういえば富田靖子なんてどうなったのかな?



 ブラウンのひげそりシリーズもあった。突然街中で「ひげを剃って頂けますか?」とやって,剃り残しがあると指摘するあのCM,今はどうなったのだろうか?



 これを見ていて,CMをビデオに残したほうが,後々は楽しいと思った。

 ということで,私たちは,今後の録画にCMスキップは使わないことにした。
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by nonnbei871234 | 2006-03-31 22:34 | 日常 | Trackback | Comments(0)

他人の命でゲーム

27日に,東京高等裁判所は,松本智津夫の控訴を棄却する決定をした。



 28日の新聞では,私が取っている日経新聞ですら1面に載っていた(主要新聞では1面トップ)。



 一連の流れを見ていて,弁護側は,マネーゲームならぬライフゲームを行っているのではないかと疑う。



 刑事訴訟法第386条第1項第1号では,定められた期間内に控訴趣意書を提出しない場合には,決定で控訴を棄却しなければならないと定めている。

 今回,弁護側は,裁判所が定めた期間内(去年8月31日まで)に,控訴趣意書を提出しなかった。

 だから裁判所は,控訴を棄却した。



 単純な三段論法である。



 これに対して,弁護側は,松本被告は精神に異常をきたしているために意思疎通が図れなかった。だから控訴趣意書を書けないと主張していた。

 でも,東京地方裁判所で7年間,250回もの審理をしていた事件なのだから,ある程度の事件の内容はその調書を読むことで把握できるだろう。

 そして,東京地方裁判所が認定した事実のどこが法律的に誤りで,どこが事実誤認なのかということは,少なくとも当たりがつくというものである。

 そもそも,法律上の問題など,本人よりも,法律の専門家である弁護士のほうが,はるかに分かっているというものである。

 だから,弁護人は,意思疎通が図れなくても,控訴趣意書の提出は可能だったというべきである。



 そして,控訴趣意書を出さなければ,公判を開かなくて裁判が打ち切りになる危険がある。

 だったら,松本被告の精神に異常があるかどうかは別途調査することとして,法律上の問題点だけでも主張して,控訴趣意書を出すというのが,職業倫理だろう。



 医療の世界では,本人との意思疎通ができないからといって,治療を放棄することは到底許されない。そんなことが許されたら,知的障害がある人間は医療を受けられないことになる。

 そして,自殺を図った人間であっても,その治療には全力が尽くされるのである。



 弁護人がやっていることは,松本被告の命を賭けたライフゲームでしかないと思う。



 私は死刑を肯定する者ではないが,こういう弁護方針を立てて珍奇な弁護をしても,世論を死刑廃止に動かすことは到底できないと思う。
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by nonnbei871234 | 2006-03-30 22:33 | 時事 | Trackback | Comments(0)

年度末

年度末ということで,職場には年度末特有の雰囲気が漂っている。



 うちの職場では,3月31日をもって退職する方には,事実上今日が仕事納めであった。



 明日は,仕事の引き継ぎなどと,私物の整理,ロッカーの明け渡しなどを行って頂くことになる。



 そして,31日は11時に出社,ささやかなお食事会を開き,13時30分頃に見送りを受けて正面玄関から職場を去っていくことになる(通常は職員用出入り口を利用)。



 よく玄関を出て行くときに,「もうここに来るんじゃないぞ」なんて刑務所を出所するときと同じような台詞を冗談で話したりしている。病院の正面玄関から入ってくるというのは,十中八九体調が優れないときだから「いつまでも健康で」という意味なのだが。



 定年退職直前期になると,「浮き浮き」派と「憂き憂き」派に色分けされる。

 うちの部での定年退職される方は,どうも「憂き憂き」派のようで,今月半ばから,ため息が多くなった。

 40年も続けてきた仕事が終わってしまうというのは,やっぱり寂しいんだろうな。
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by nonnbei871234 | 2006-03-29 22:32 | 職場 | Trackback | Comments(0)

低次元な国政調査権

偽メール事件をめぐり,衆議院の懲罰委員会が,証人喚問を行うことを決定したそうだ。



「国政調査権の発動を」と声高に叫んでいた人物の懲罰に関して国政調査権を発動するというのは,実に皮肉なことではある。



 しかし,議院が持っている国政調査権という重大な権限を,こんなことのために大上段に振り回して欲しくない。



 世の中には,重要な事柄ほど重点的に人も金も時間もかけるという原則がある。

 心肺停止状態の方の治療と,水虫の治療を同一の人・金・時間をかけていたら,救えるはずの命も救えまい。



 衆議院には,現在たくさんの法律案・条約の承認案件などが上程されている。

 これらの審理をしっかり行ってもらわなくて困るのである。



 前に小嶋進の証人喚問があったときにも書いたが,証人喚問の際の議員の質問が低次元で,空しくなる。

 証人喚問を積極的に求めながら,いざ証人喚問となると,週刊誌の記事をタテにしているようでは,呼ばれる側にとっても退屈だろう。
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by nonnbei871234 | 2006-03-28 22:31 | 時事 | Trackback | Comments(0)

バイリンガル?

 地元の友達と電話で話をしていると,いつの間にかお国言葉になる。



 出身地と現在の住所地が違う方々なら,誰でも経験することだろう。



 私の場合も,地元の方と話をしていると,そのうち地元の言葉になってしまう。



 今日,仕事で福島県の方と話をした。相手の方が思いっきり訛っていたので,そのうち,私も完全にお国言葉モードに入ってしまった。



 電話中に,部下の視線を感じて,お国言葉を話していることに気付いたが,そのままお国言葉で話し続けてしまった。

 電話を置いた後に,部下から「本当にべーべー言葉を話せるんですね。」なんて言われてしまった。



 私は,「無アクセント地帯」と呼ばれる地方の出身なので,「橋」と「箸」の発音の区別が全くつかない。

「エレベーター」は英語では「エ」にアクセントがあると知識で知っているが,日本語ではどこにアクセントがあるのか,分からない。



 故郷を出て12年,啄木の歌の意味が少しわかってきたような気もする。
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by nonnbei871234 | 2006-03-27 22:30 | 日常 | Trackback | Comments(0)

小学生の英語教育

小学校で,英語を必修とする動きが盛んだという。



 私は,中学・高校・大学の必修外国語で,合計8年間も英語を学んできたはずであるが,もう全く読めないし話せない。

 なぜか,英語を必要とする機会が全くないし,英語を使いたいという希望もないからである。



 英会話教室に行く方々も結構いるようだが,英会話スクールのレッスンで英語がペラペラになったという話はあまり聞かない。



 本当に英語をペラペラに話したければ,英語を母国語にしているところ(かつ日本語が全く通じないところ)に出掛け,そこで数年間生活をするのが,結局は最も手っ取り早い。



 外国出身の幕の内力士が,みんな日本語がペラペラなのは,母国語が通じない環境で,日本語を必然的に学んだからだろう。力士たちが母国で日本語学校に通っていたという話は聞かない。



 語学力をつける最高の方法は,その言葉を使っているところに身を置くことであろう。



 小学校で英語を必修化したところで,中学生習う内容が難しくなるとは思えない。

 結局3年間でやることを,小学4年生から中学3年生までの6年間かけてやるというのでは,小学校の教員の負担を増やすだけである。
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by nonnbei871234 | 2006-03-26 22:30 | 時事 | Trackback | Comments(0)

パリーグ開幕

今日,パリーグが開幕するというニュースが流れていた。

 なんか,野球の話題ばっかりで,いささか食傷気味のような気がしているのは私だけだろうか?



 オリックスに移籍した清原が,吹っ切れたように白い歯がこぼれる笑顔でテレビに登場してくるのを見ると,「いい顔になったな」って思う。



 登場の際のBGMを「とんぼ」にすると,巨人時代を引きずっているように思われるので,「新喜劇のテーマソング」で登場したらどうだろうという話まで出ているようだ。

 この際,そのぐらいイメージチェンジしてくれたら,応援してもいいかな。



 私は基本的には判官ひいきの人間である(ただし,朝青龍を除く。朝青龍は応援している。)。

 だから,全盛期の時代は応援しなかった人物でも,引退の危機に立つ頃には,応援してしまうことが結構ある。

 清原は,まだプロ野球でタイトルを取ったことがないそうだから,1回ぐらいはタイトルを取ってもらいたいような気もする。
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by nonnbei871234 | 2006-03-25 22:29 | 時事 | Trackback | Comments(0)

DV

DVという言葉をご存知だろうか?

 ドメスティク バイオレンスの頭文字で,直訳すれば家庭内暴力行為ということになるだろう。

 現在では,夫が妻に対して暴力を振るうことを指すことがほとんどである。



 大多数の家庭は,こういうことはなく過ごしているのだが,一部の家庭では,夫が妻に対して激しい暴力を振るうという現実があるようだ。



 安らぎを得るはずの家庭で,毎日暴力の恐怖におののいて生活するということは,地獄だと思う。



 実は,旦那のところに救いを求めてきた外国国籍の母子のことを旦那とその関係者がかくまっていたのである。

 その方の母国語が話せる信者の方がおり,その方を通じて旦那らが聞き取りをしたところ,かなり悲惨な生活をしてきたようである。

 本当にお気の毒である。



 今後は,教会の関係者の方のところで,しばらく生活を続け,その間に離婚手続等を進めることになったようである。



 母子の肉体的・精神的な傷が,1日も早く癒えてほしい。



 ちなみに,私は旦那を殴ったことはないですよ。誤解なきように,お願いします。
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by nonnbei871234 | 2006-03-24 22:28 | 時事 | Trackback | Comments(0)

称号

 地下鉄サリン事件から11年が経った20日にテレビのニュースを見ていてちょっと気になったこと。



 事件の首謀者のことを,NHKだけが,いまだに「麻原彰晃」とのインチキネームを先に紹介していた。

 民放各社は,松本智津夫という本名のほうを先に紹介していた。

 NHKには,何かこだわりがあるのだろうか?



 テレビは平成元年頃までは,被疑者の名前は呼び捨てで放送していた。

 今は,何らかの称号を付けて放送している。



 だいたい,起訴される前は「容疑者」,起訴された後は「被告」との称号を付けている。



 ちょっと気になったので調べてみたのだが,今はこういう称号が付けられているようだ。

 実刑判決が確定して,刑務所に収容されている者は「受刑者」

 死刑判決が確定しており,拘置所に収容されている者は「死刑囚」

 死刑の執行を受けた者は「元死刑囚」



 では,刑期を終えて刑務所を出てきた人はなんという称号を付けているのだろうか?

一時期は「元受刑者」という称号をつけていたようだが,「おつとめ」を終えた人にそんな称号をつけるのは,プライバシーの侵害も甚だしい。

 なので,マスコミはいろいろ工夫を重ねているようである。「○○幹部」「○○元役員」「○○構成員」などのように。

 神戸の連続殺傷事件で少年院に収容されていた者には「元少年」なんていう奇妙な称号が付けられていた。

 去年,15年の時効期間を満了してしまった殺人犯人の称号については,もう起訴されことがないため,「容疑者」との称号を使うわけにはいかず「元会社員」との称号が使われていた。



 そのうち,一度も就労したことがない人物のことを紹介しなければならない事態が生じたらどうするのだろうか?「元中学生」なんていう称号が付くのだろうか?
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by nonnbei871234 | 2006-03-23 22:27 | 時事 | Trackback | Comments(0)

臓器提供意思表示カード

国内43例目の脳死判定がなされたそうである。



 私も臓器移植意思表示カードを所持しており,脳死判定後の臓器提供に同意している。

 旦那も同意している。



 うちの両親は,ともに臓器は提供しないとの意思表示をしている。



 生死観などの違いにより,様々な意見があって,そこに正解と呼べるものはない。

 だから,どっちの考え方も正しい。



 全然視点を変えて,医療の立場から見て見ると,現状にはかなり問題がある。

 とにかく,移植医療の回数がこれほど少ないと,医師の技術向上は望めないということである。

「ブラックジャックによろしく」では,心臓外科医が年に200回手術を繰り返すことによって技術を維持・進歩させるといったくだりが出ているが,そのとおりだろう。



 手術は,繊細な技術を必要とするが,その技術は,経験を重ねることによって上達する。

 その手術の件数が少なければ,技術の発展は見込めないだろう。

 だから,それだけ手術失敗の危険も増すということになる。



 移植医療を今後軌道に乗せるためには,この程度の移植件数では全然足りないのは明白である。



 日本での移植医療を大きく遅らせた和田移植に対して,きちんと向き合ってこなかった後遺症は,今も大きい。
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by nonnbei871234 | 2006-03-22 22:26 | 時事 | Trackback | Comments(0)